本年も山口敏郎がスペインで生んだ強く美しい、独特の作品世界をお届けいたします。
この美しい顔料を使った作品は白壁に溶け込み、心地よいリズムを作り出しながら、
過去から未来へ、未来から過去へと、時の美しさをも感じさせてくれます。
これらの作品に対峙する時、山口は瞬時の歓びを噛み締めているのかもしれません。
山口の言葉を借りれば、彼自身が「今」に夢中ということだと思うのです。
1956 岡山県生まれ |
1978 武蔵野美術大学卒業 |
1982 マドリッドに移住する、ESPACIO TAO 主宰 |
「今」 ダンスにしてもこうしたインスタレーションにしても、そこで使われているのは人間の体であったり、糸、紙、絵の具といったシンプルでどこにでもある材料です。それを見ている間は、自分たちは思考するのを忘れ、五感を解放して夢中になってダンスなり作品を見ていたはずです。 ところが私たちの日常生活を振り返ってみると、そこでの行動はほぼ無意識の中で行なわれていることに気づきます。つまり、立つことや座ること、飲む、食べる、トイレに行く、電車に乗る、それらの行動はほとんど 無意識になされています。いちいち「さあ、これから座るぞ」などとは意識して行動していないはずです。 その無意識の行動とは無関係に、私たちの思考は、この後やらなければならない仕事や勉強に向けられたり、すでに終わった事柄を回想したりしています。それは、取り返せない過去の記憶と予測できない未来への予定の中で生活していることであって、「今」ということを忘れていることに他なりません。 人生は「今」の集合です。その「今」を忘れてしまっては、人生は無いのと同じでしょう。アートと向かい合っている時は「今」を感じているわけですが、考えてみると私たちの日常生活でもそうした体の動き、色、形に囲まれているのですが、そのことに気づいていないだけです。 思考を停止して、「今」に夢中になっている子どものような新鮮な曇りの無い驚きにみちた眼で物を見る時、「今」という時間が甦るでしょう。アートはそれを一瞬垣間見せてくれるのです。 そして大事なのは、自分の日常生活の中で「今」を感じることです。体の動き、音、空気、色、形、すべて私たちのものです。アートは生きることそのものです |
山口敏郎 |